鶴見宝来飯店を惜しむ

ずっと、これからどうしよう、と思いながら生きてきたから、残された時間なんてあんまり考えなかったけど、さすがに最近はそうでもない。

ここ20年くらい、鶴見大学の歯科がかかりつけ歯医者になってしまった。

歯医者が遠い。だから、歯医者に行く前や終わったあと、お昼を食べようとすることも多かった。歯科大から駅までの5分の間か、道を逸れてもせいぜい2、3分にある安くて美味しい店に行きたい。ラーメン、中華、タイ料理、寿司屋ランチ、てんや、パスタ、いろいろ試したけど、どれもイマイチなので、安い、駅の立ち食いそばを食べることも多かった。悪くなかった。

ある日、新しいお店ができているのを発見。それが、宝来飯店だった。酔って上り下りは危険なレベルの鉄骨階段。そこを上がって、ドアを開けたら!清潔な、そうだな、いいとこの会社の保養所(なんてほとんどなくなったけど)の食堂、って感じの、あんまり中華っぽくない空間があった。

ランチ定食メニューは2種類。わたしは、横浜産小松菜と豚肉の炒め物(そんな感じ)を注文した。地味なので期待してなかったけど、もう、出てきたときから間違いなかった。青菜は青々してぴかぴかしていた。街の中華屋の醤油味が苦手なわたしにぴったり。ウマ〜。デザートの杏仁豆腐には枸杞の実ひとつ。柔らかく、寒天ぽくなくて香り高い。ザーサイも、背の高いグラスの冷たい烏龍茶も美味しかった。

そして、それから10数年、月に2回行った時もあれば2年ちかく行かなかったこともあったけど、宝来飯店は、いつも歯医者のお供だった。お運びのお姉さんだったりおばさんだったりは年齢も国籍も何人も変わった。

わたしのオーダーも、宝来飯店で初めて食べた美味しい汁かけチャーハンだったり、塩汁そばだったり、炒め物のランチメニューだったりして、ここのところは五目焼きそばだった。麺は両面ジューっとこんがり焼いてあって、きれいで美味しい五目あんがかかっていた。カラシはどうしますか?と聞かれるので、いつも、お願いしますと答えた。いつのまにか杏仁豆腐の枸杞の実はなくなったけど、そりゃそうだよなーコスト的にと思った。

ランチメニューの油淋鶏率が増えたのいつ頃からだろう?そして、運悪くお昼ちょうどな時間に行くと、若いもんが大勢こぞって油淋鶏ランチ(1000円)を食べているのだ。白飯もたべまくりだ。ある日、「この、金持ちぼんぼんの歯科大生が!偏差値低いくせに!」と思ったのは、わたしのあんかけ焼そばが油淋鶏揚げ油の臭いがしたからだ。くーっ。

そういえば、あの3.11も、歯医者に行った帰りだった。宝来飯店でご飯を食べずに電車に乗っていれば、鶴見新子安間で電車が止まり、横浜まで歩いた末に帰宅難民になることはなく、最寄駅近くまで着いてたのに、と思ったのを今思い出した。まあ、何も食べずに電車に乗るわけはないけど。

いつか夕食を食べに行こうと思っていた。定食じゃなく、少し素材を贅沢した、料理を食べたいと思っていた。何回か機会があったけど、なにせ、わざわざ行くのに鶴見は遠かった。 

そして、やっと、2017年12月の誕生日祝いに鶴見に行くことに決めたのだ。

電話番号と営業日と営業時間を調べようとぐぐる先生を開いて、前に調べた時には見なかったFacebookを見つけて、見る。なんていうことなんだろう。店主はとっくの昔、5月に亡くなっていた。

最後に行ったのをカレンダーで検索したら、2016年の8月。いつも使うのは1000円以内。そんなお客はあんまりいい客ではないよな。本当に残念だった。

いったん湧き出た中華欲は収まらず、誕生日祝いは横浜中華街の萬珍樓飲茶點心舗のランチで、ビールと紹興酒も飲んだ。普通に美味しかったけど、やっぱ点心よりもっと料理が食べたかった。

自分が鶴見に通うかぎり、宝来飯店はあると思っていた。店主のご冥福をお祈りします。